熊野古道エコツアー スタッフ紹介

熊野古道エコツアーくまの体験企画
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くまの体験企画「スタッフ紹介」

内山裕紀子内山裕紀 代表:内山 裕紀子(うっちー)

2002年、歩くのが苦手で体力が落ちていた私は、健康のためにウォーキングをはじめました。たまたま選んだコースが、自宅から近い熊野古道伊勢路の馬越峠だったのです。

美しい石畳、沢の流れ、素晴らしい眺望、ひっそりと佇むお地蔵様、多くの植物、季節の花々・・・すっかり熊野古道に魅了され、日課として通うようになりました。

当時は、熊野古道の地図や道しるべが少なくて、道に迷っている人や、困っている人をよく見かけました。
放っておけずに声をかけて、麓まで送って行ったり、手書きの地図を渡したりしているうちに、いつのまにか、そのために馬越峠へ行っている自分がいました。

熊野古道を歩く人たちの役に立てればと語り部になり、熊野古道に関する多くの事業に参画して、歩く人たちの意見が反映されるよう、取り組んできました。

そして2008年、くまの体験企画を立ち上げるに至りました。
せっかくの旅行ですから、有意義な時間を過ごして、楽しくリフレッシュしてほしい。
当時も今も、そう思っています。

私は、すっかり元気で丈夫になりました。
熊野古道でいただいた元気を、みなさんにお返しできればと思っています。

【略歴、資格等】

生まれ育った三重県尾鷲市へ2002年にUターン
熊野古道伊勢路の公共施設の立ち上げに関わり、体験学習コーディネーター、まちづくりや地域振興事業、イベント実行委員などで活動し、くまの体験企画を設立。

総務省ふるさとづくり大賞個人表彰受賞、おわせ海・山ツーデーウォーク実行委員長、国際熊野学会常任委員、海の熊野地名研究会理事、熊野古道伊勢路語り部、「世界文化遺産」地域連携会議メンバー、 おわせ魅力発信推進委員会アドバイザー、日本エコツーリズムセンター世話人、 日本インタープリテーション協会ITS33修了、日本エコツーリズム協会エコツアーガイド養成講習修了、NACS-J自然観察指導員

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川口有三川口有三 ガイド:川口 有三(ゆうちゃん)

日本一の苔むした馬越峠の石畳、『春寒し見下ろす海の果てしなき』鈴木牧之も、その雄大な景色に感動した八鬼山、『西国三十三ヶ所名所図会』にも描かれた七里御浜の絶景等々。人間が何百年もかけて自然に働きかけて生まれた文化的景観が、散策する人々に癒しと心の蘇りを授けています。

熊野は古道ばかりではありません。峠を越えるたびに新しい集落の風景、今でも二宮金次郎がいる木造の小学校校舎、冬枯れの棚田と石垣、海を見下ろす墓地、ちょっと山奥に入れば千枚田の棚田には石垣がつまれ、『熊野は石の文化』だと実感するに違いない。日本の原風景がそこにあります。

東尋坊に勝るとも劣らない柱状節理の『楯ケ崎』、『天狗倉山』から大台ケ原や熊野灘の眺望、はるか昔、千四百万年前噴出した溶岩や火砕流が作り出した、熊野の奥地の岩峰や渓流と飛瀑。地元の私たちさえ足を踏み入れたことがない秘境もまだまだ残っています。

熊野は昔、奥熊野と言われ、巨木がたくさん残っています。あの南方熊楠が命をかけて保存運動をした三重県一の巨木『引作の大楠』、日本でも上位に位置する『大又の桂』や『神木のイヌマキ』等々、神社の境内には三重県ベストテンに入る樟や杉などが千年の命を受けて鎮座しています。神々しいこれらの巨木も一度ご案内したいものですね。巨樹巡礼・巨木ツアーも如何ですか。

私、熊野古道の語り部に携わってから十年を過ぎ、意気投合した旅人に泊っていただいたり、出身地の面白い話しを教わったりしてガイドの醍醐味を楽しんでおります。最近、三重テレビの『ええじゃないか』にガイド出演し、鈴鹿で開催されたシンポジウムのパネリストにも参加し冷や汗をかいています。
それよりも自分自身もっと熊野のことを知らなければと思っている次第です

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植野めぐみ

植野めぐみガイド:植野 めぐみ(ノッティー)

大学時代に自転車での日本縦断、北アルプス縦走などの旅をしたことがきっかけで、人力による旅に興味を持ち始めました。
そんな時、初めて駅のポスターに貼ってあった「熊野古道」の文字が目に留まり、友達と初めてツヅラト峠と馬越峠、天狗倉山を歩く1泊2日の旅をしました。

素朴な里山をつなぐ初めての熊野古道の旅はとても楽しく、後から地図を読み返してみると、自分たちが歩いた熊野古道伊勢路が、実は伊勢神宮から熊野三山へとつながるとても長い古道であると知りました。
好奇心が掻き立てられると同時に、バックパックを背負って再度踏破!

普段見慣れた三重県の里山や漁村を歩きの速度でつなぐことで、どんなシンプルなものでも見えてくるものすべてが印象に残り、感動しました。

峠の登り口に車を置き、峠だけを歩いて帰って行ってしまうハイカーが多い中、くまの体験企画のツアーを通じて町と古道のつながり、そこから見えてくる地域性、そして長距離にわたって歩くことの楽しさをお客様と共有できれば幸いです。

【略歴、資格等】

三重県津市出身・くまの体験企画ガイド 絵地図作家

大学時代に日本縦断自転車の旅を体験したことをきっかけに、人力による旅に魅力を持ちはじめ、以降「いにしえの道」をテーマに、世界各地を旅する。
東紀州でのガイド業、熊野古道調査員、ツアーコーディネーターの仕事を経て、2013年からは絵地図作家として独立。くまの体験企画には、発足当初の2008年より所属。絵地図製作、ガイドを通じ、旅、長距離にわたる古道の魅力を幅広く発信することに尽力している。
東西の世界遺産の道、熊野古道全道とサンティアゴ・デ・コンポステーラ両道の踏破経験あり。

ホームページ「アトリエ・ちきゅうの道」
http://www.caminotty8-9.com/

国内旅行業務取扱管理者、英語検定2級、国内旅行地理検定2級

「アトリエ・ちきゅうの道」代表、熊野古道大辺路刈り開き隊、熊野古道伊勢路語り部友の会会員、カミーノ・デ・サンティアゴ友の会会員

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西尾寛明西尾寛明ガイド:西尾 寛明(ニッシー)

人類は約500万年前まで、アフリカの森林で暮らしていました。近年、森林のリラックス効果が注目されていますが、森林は、人にとって時々は、帰るべき場所なのかもしれません。

そして、江戸時代に日本人は、1日約3万歩も歩いていました。現代は約7千歩です。1日1万歩を歩くと様々な健康効果がありますが、目標にして歩かなければ歩けません。現代の日本人は、歩くという基本的な動作をしなくなったため、生活習慣病になっているのが現状です。

都市や市街地から離れ、自然の中で過ごすということは、健康、癒し、環境、教育などいろいろな意味で大事です。自然体験をする場所として、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」や吉野熊野国立公園は最適です。

私は2003年から、熊野古道の案内や銚子川でカヌー体験などのインストラクターをしてきました。自然と共に過ごす時間を共有させていただけることに感謝しつつ、日々ガイドをしております。

1978年生まれ
平成29年5月 普通救命講習終了
自然体験活動指導者(NEALリーダー)

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福辻京子 Kyoko Fukutsuji ガイド:福辻 京子(Kyoko-Sun)

熊野は雨が多く、またその景色が幻想的な世界を見せてくれます。
でも私は「晴れ女」!!Kyoko-Sun(太陽)と呼んで下さい。
明るく・楽しい、思い出に残る熊野の旅のお手伝いをしたいと思います。

今ではこんなに元気な私ですが、生死を彷徨った事もあり、足・腰に故障が多く、平成10年までは車どっぷり生活でした。そんな私を変えてくれたのが熊野の自然です。『癒しの熊野』『甦りの熊野』を私自身が、証明したようです。

目を閉じると普段聞こえなかった風の音が優しく語り掛けてくれます。
頬を撫でる風は生きている喜びを感じさせてくれます。
時が止まったような熊野・・・・・・
一緒に感じましょう♪


kyoko-sunチョッピリ特技?:*旅の思い出となる写真のベストアングルをこっそりお教えします。面白写真も撮りませんか?お手伝いしますよ。あと、*熊野セラピスト *英語ガイド *南紀熊野ジオパークガイド *気候療法士 *横笛 *曼荼羅絵解き

新宮駅すぐそばのゲストハウスのオーナーです!
「Cozy House in Kumano」
https://www.airbnb.jp/rooms/22725573/

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竹村裕二竹村裕二ガイド:竹村 裕二(ユウジ)

その昔、お伊勢詣りを終え、さらなる聖地をめざして伊勢路を下ってきた旅人は、ツヅラト峠(あるいは荷坂峠)の頂に立ち、初めて「くまの」の海を目にしました。
遠くに茫洋と広がる海を見下ろしては、それまでの旅の疲れを癒し、また行手を阻むかのごとく峰から峰へと連なる山並みに目を移しては、その先の旅の苦難を案じたかもしれません。
そこから始まる東紀州の熊野古道は、そのほとんどが海辺に開けた集落と集落を結ぶ峠道です。目的の地までは、その峠道を一つまた一つとただ越えていくしかありませんでした。

峠道であるお客さんが言いました。「はぁ~熊野古道って山登りだったんですね。知らんかった~あ~しんど~~」 峠は山を上って下ると字に書くぐらいですから、山登りと言えなくもありません。古道歩きに慣れた人でも一気に峠を目指せば、ハァーハァーと息が切れてきます。
ひょっとして熊野古道は、熊野三山の神仏や観音様への信心の深さを測るために、こんな難行苦行の道としてこしらえられたのでしょうか? 
いえいえ、そうではありません。熊野古道は信仰の道、巡礼道ーそれに間違いはありませんが、それにもまして、その多くが、隣の集落へつながる唯一の生活の道としてまずありました。海と山が迫った急峻な地形に負けない、より安全で、より早く(?)、より楽に(!?)通行できるよう、先人の知恵と苦労が精一杯に詰まった道であったがこそ、いまなお道としてあり続けられるのかもしれません。

熊野古道が熊野三山、観音巡りの巡礼道としての性格だけでなく、地域の人々の欠かせない道としてどんな役割や歴史があったのか、そのことも併せて伝えていけたらと思います。そして、熊野古道を一つの「線」とするなら、その周辺のまだまだ知られていない魅力的なフィールドは「面」といえるでしょうか。線から面のガイドを
これが今後の私のテーマの一つです。

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西浦康代

Yasuyo Nishiura   ガイド:西浦 康代(やっちゃん)

自然豊かな熊野新宮で生まれましたが、22年間 東京で過ごしておりました。
結婚を機会に熊野へ帰り16年前から熊野古道や、川の参詣道「熊野川、川舟下り」の語り部をしています。
同じ熊野古道でも日によって違う景色や自然の音を感じさせてくれます。熊野古道を好きになり、また、いろんな方と出会い、案内出来る語り部になって本当に良かったと思っています。

今熊野比丘尼

今熊野比丘尼に扮して、熊野歓心十界図や熊野三山(本宮、新宮、那智)参詣曼陀羅も絵解きしております。


古の時代に思いを寄せる-熊野川舟下りの女性語り部
西浦康代
http://communitytravel.jp/shingu/archives/1229

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古山正

古山正 ガイド:古山 正(マサさん)

熊野古道伊勢路は、遠い昔から熊野三山 (熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)を目指す旅人達が、難行苦行をしながら行き交った街道です。

この熊野古道を体験する旅に出かけましょう。

拓本【馬越峠石畳に謎めいた文字】
平成15年3月、熊野古道の馬越峠道で、石畳に古い文字が刻まれているのを偶然見つけました。場所は紀北町側の中腹で、馬越一里塚の20メートルほど上、縦70センチ,横50センチほどの大きめの石に縦横約7センチの文字が、縦に5つほど刻まれており、文字はかなり古く読み取りが困難です。海山町教育委員会にメールで連絡後、文化財調査員による調査が進められました。
私はいろんなところの熊野古道を歩いていますが、文字が刻まれた石畳を見たのは初めて。
馬越峠の石畳は江戸時代に造られたとされています。石はふもとから運び上げたものではなく、すべて現地の自然石を使用したと伝えられています。
石畳に刻まれている文字のうち、最初の1文字以外は、旅人の足に踏まれてほとんど磨り減っているため、かなり古いと思われます。最初の1文字は「遠」「違」とも読めますが、なんのために刻まれたのか・・・他にも見つかれば何を意味しているのか解るかもしれません。

謎めいた文字は拓本の結果、「遠刕深見村しや」と判読できることから、静岡県袋井市深見のことではないか(海山文化財調査委員会の見解)と、袋井市教育委員会に照会したところ、石材とは無関係の地域とのこと、・・・

「なぜ深見?」、「なぜ刻字?」、「だれが?」、「何のため?」 等々、考えるとロマンは深まるばかり・・・
熊野古道にはまだまだ知らないところが沢山あります。ロマンを求めて歩きましょう。

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番留京子 ガイド:番留 京子(ばんちゃん)

番留京子1992年、熊野の自然に魅了されて、千葉県から新宮市熊野川町の奥山の集落・小口に移住しました。

廃校になった小学校を借りて、木版画や,木彫の作品作りをしながら、滝巡りや、大雲取り越えの案内をしていました。

紀伊山地の霊場と参詣道が世界遺産に登録されることになり、熊野古道の語り部をはじめ、和歌山県世界遺産マスター、熊野セラピストを兼ねて、中辺路、大雲小雲取り越え、小辺路を中心に案内役を努めています。

 

登山ガイドでも大活躍―熊野の自然から発想を得る女性版画作家
番留京子
http://communitytravel.jp/shingu/archives/145

オリジナルの熊野古道グッズ有ります(ヤタカラスのポストカード、手ぬぐい、笠、Tシャツ etc...)

ポストカード

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tamatsuMitsuru Tamatsu ガイド:玉津 充(たまっちゃん)

「熊野古道馬越峠」

熊野古道伊勢路は伊勢から熊野まで約170km。
主に江戸時代に伊勢から熊野に向かう巡礼の道として栄えたこの道は、紀北町便ノ山で銚子川を渡り、私たちの祖先が築いた石畳を踏みしめて馬越峠を越えて行きました。

♪権兵衛が種まきゃ鴉がほぜくる、三度に一度は追わずばなるまい、ズンベラ・ズンベラ♪ 唄で知られる「種まき権兵衛」も、この地で生まれ育ちました。
鉄砲の名手であった彼は、馬越峠に現れ旅人に恐れられた大蛇を紀州候の命を受け退治し、自らも蛇毒に倒れ、村民に惜しまれながら1736年に落命し、侍であった父と共に便ノ山宝泉寺に眠っています。

大正6年まで県道だったこの道は、陸上交通の整備が遅かった当地においては、まさしく生活の道でもありました。
また、この道の周辺には、県立熊野古道センターや種まき権兵衛の里などの文化施設や、清流銚子川・天狗倉山・便石山・高丸山などの景勝地があります。
峠道だけでなく寄り道やトレッキングコースとしての活用をお勧めします。

地域を訪れるより多くの人々に、当地の文化・歴史など、ご案内できる機会があれば幸甚です。

ガイド歴 20年
地域とのかかわり
現役:熊野古道保全会紀北地区代表、海山熊野古道の会会長、熊野古道語り部友の会会員、銚子川漁業協同組合事務局長、紀北町観光協会理事、便ノ山宝泉寺代表総代
元:紀北町議会議長、便ノ山区長、種まき権兵衛保存会会長、交流空間海山会長、(初代)海山熊野古道の会会長

gombe

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玉置仁美 Hitomi Tamaki ガイド:玉置 仁美(ひとみちゃん)

「熊野と聞いて何を思いますか?」
私が思ったのは 「青」
次に 「キラキラ」

空の青は 広大で吸い込まれそう
でも 私は独りぼっちではないのだと感じさせてくれて
山の青は 怖いくらい深いけれど
雑踏から 私を隠してくれるし
海の青も 本当は怖いのだけれど
優しく抱きしめてくれて 暖かくなる

雨上がりの木の葉に 水滴がキラキラ
白、黄、青、赤、黒 クリスマスツリーみたい
夜空の星は キラキラ落ちてきて
刺さったら痛そう
暗闇に輝く目は キラッと
命のワイルドさを感じます

何が 皆様を熊野へ導くのか、
お会いできる日を 心待ちにしております

でも
なあ~んにも無い所
だけど
平和は "いっぱい、いっぱい" ありますよ

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miki

Miki Fukuda ガイド:福田 美紀(みきちゃん

熊野古道に興味があり、でも、一人で歩くのが不安だったときに、「くまの体験企画」のホームページを見つけて、ガイドさんと一緒に色んな峠を歩きました。
そして、熊野から沢山のエナジーをもらって、心が元気になりました。

次第に、自分も熊野を訪れた方々に「来て良かった」と思ってもらえるようになりたくて、今は語り部として活動させていただいています。

熊野に呼ばれるのは、きっと理由があるのかもしれません。
奥まった深い緑の中にいると、現世から離れてシェルターのように守られている感覚になる時があります。

mikiどうしたら今の自分を変えられるのかと、もがいている人も、今ある運命を嘆き悲しんでいる人も、自分以外の大切な存在を祈る人も、一歩いっぽ、熊野古道の峠の石畳を踏みしめるうちに、不思議と心が浄化されている感覚に陥るかもしれません。

ただただトレッキングを楽しんでいる人も、知らないうちに目には輝きが増して口角も上がっていく。
一度歩くと又歩きたくなる、嫌な事を忘れて歩けるのが、熊野古道という不思議な道。

そんな熊野の壮大さと優しさに包まれながら、私達と熊野古道を歩いてみませんか?

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神保圭志

Keishi Jinbo ガイド:神保 圭志(けいちゃん)

地元・和歌山県東牟婁郡串本町(旧古座町)にUターンし、「熊野古道大辺路刈り開き隊」に所属して埋もれた熊野古道の発掘整備や保全活動に関わってきました。

熊野の豊かな自然や文化を訪れる皆様に知っていただけるようガイドをすると共に、希少動植物の保護や伝統行事の保全を行っています。南紀熊野ジオパークのガイド、滞在型観光の推進やウォークコースの開発を行っています。

熊野古道大辺路、大雲取越、古座街道、県立自然公園や岩峰トレイルなどディープな場所のガイドが得意です。知られざる熊野へご案内します。

古座川流域を根城に目下古座街道を探求中。
南紀熊野ジオパークガイドの会、熊野古道大辺路刈り開き隊副代表、和歌山県世界遺産マスター、紀州語り部、串本町文化財保護審議委員、串本町図書館協議会委員、国際熊野学会常任委員

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室實信

Minobu Muro ガイド:室 實信みのちゃん


古座川をこよなく愛したあの司馬遼太郎が、なぜ古座川に心酔して古座川に山荘を構えたか?
古座川町役場に奉職の身で在った時に陣頭指揮を執って、「司馬遼太郎古座川展」を開催しました。
その時に自分の故郷・古座川の素晴らしさを発見しました。
56才で早期退職を申し出て、里山道場の主催をしております。

「忘れられた熊野」未だ見ぬ熊野がそこに在ります。
古座川誘いプランナー“みのちゃん”が、皆様をご案内致します。

古座川里山道場主催、ハンドルネーム:無老心山

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阿諏訪阿諏訪
ガイド:阿諏訪 勝(ひげちん)、阿諏訪 登喜代(ときよさん)

ガイド歴15年以上の「夫婦ガイド」です。

和歌山へ移り住んでから、二人とも熊野の大自然に惚れ込み、勝は海に、登喜代は山に魅せられ、熊野の美しい自然を紹介したくてガイドになりました。

熊野古道中辺路、伊勢路、小辺路、大峰修験道は幾度も踏破し、紀伊山地の霊場とそれらを結ぶ参詣道が世界遺産に登録されてからは、主に紀伊田原から新宮寄りの熊野古道をご案内しています。

また、熊野比丘尼(びくに)が勧進の為に500年ほど前から全国で絵解きを行った、「熊野観心十界曼荼羅」や「那智参詣曼荼羅」絵図の絵解きも行っています。
"絵解き"とは、絵を見て頂きながら絵図の説明をすることで、私たちは現代版の夫婦比丘尼として熊野の魅力を伝えています。

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熊野古道ガイド 川邑まつよ

Matsuyo Kawamura ガイド:川邑まつよ(まっちゃん)

熊野で生まれ、
熊野で育った、
生粋の熊野っ子です。

結婚する前は、バスガイドとして紀伊半島を中心に案内をしていました。
子育てを終えて、今は熊野古道を中心に語り部をしています。

ガイド歴20年以上。
出会った大勢のお客様たちは皆、熊野の美しい自然に感動されます。
そして、わたしはいつもお客様との感動を共有させていただいて、それを喜びとしています。

熊野を愛するわたしが、たっぷり熊野の魅力をご案内します。

皆様のお越しをお待ちしています!

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平山泉

Izumi Hirayama スタッフ:平山 泉(いずみちゃん)

名古屋市出身。尾鷲市三木里町在住。
基本的に、身体を動かすこと、海外、音楽が好きです。

2008年、結婚を機に尾鷲市三木里町へ。このあたりの地域のことをいろいろと知りたいな~と動いていたところ、内山代表と知り合いました。
2011年に、くまの体験企画のスタッフとなり尾鷲市のウォーキングルートの調査などをしました。
2014年に個人事業「みきさといーぐみ」を立ち上げ、シーカヤック体験や英語関連のお仕事をしておりました。2018年よりヨガ教室も始めました。

なんでも興味を持ってしまうので、収拾がつきません。
2020年には久しぶりに音楽の道へ戻ってきてオカリナを始めてしまいました。(笑)

いつでも心はオープン。
どうぞよろしくお願いします。

<免許・資格など>
㈶都市農産漁村交流活性化機構認定グリーンツーリズムインストラクター、CONEリーダー、日本セーフティカヌーイング協会認定インストラクター1(シーカヤック)、中学校・高等学校専修免許状(外国語・英語)、尾鷲セラピスト、RYT200(全米ヨガアライアンス認定資格)など

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