熊野古道ツアー 紀伊半島みる観る探検隊

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くまの体験企画「紀伊半島みる観る探検隊」

第31回 紀伊半島みる観る探検隊 「赤倉と大丹倉・それをつないだ幻の道」

~ ふるさとを残そう! 熊野市育生町赤倉発 限界集落の挑戦 ~

丹倉神社熊野市街から山に向かって車を走らせること30分、山深い隠れ里のような赤倉は、かつて本宮へと続く街道沿いの集落でしたが、今は2世帯のみになりました。

あまご養殖を営む赤倉水産、山里民泊あかくら、あまご屋、獣害に強い生姜の栽培と商品開発など"赤倉地区「童集乃村(わらしべのむら)」活性化協議会"による地域おこしが行われています。

街道沿いには巨岩を神体とする丹倉神社、屋敷跡、天を貫く巨岩・大丹倉、そして今なお自然と共に暮らす人々がいます。


赤倉にIターンした植野めぐみさんの案内で、童集乃村、旧街道、古道、育生町のシンボル「表丹倉」と断崖絶壁の「裏丹倉」などをトレッキング!魅力たっぷりの一日を過ごしましょう。

【行程】
童集乃村・・・赤倉水産・・・古道・・・山の神・・・あまご屋(あまご塩焼き試食)~(車移動)~ 丹倉神社 ~(車移動)~ 天狗鍛冶屋敷跡・・・庚申・・・風吹峠・・・表丹倉・・・高倉剣大明神・・・裏丹倉 ~(車移動)~ 童集乃村

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第29回 紀伊半島みる観る探検隊「天狗倉山と熊野古道馬越峠ナイトウォーク」

熊野古道馬越峠道夜の熊野古道を歩いてみませんか?

天狗倉山からの眺めは素晴らしいけれど夜景はどうだろうか。夜の熊野古道はどんな雰囲気だろうか・・・

もちろん熊野古道に街灯などは無く真っ暗闇。夜間は人工的な音が少なく、活動する生き物や風の音を聞きながら、ヘッドランプを頼りに足下を見ながら歩いていると、いつのまにか人間が本来持っている感覚が研ぎすまされてゆきます。
ナイトウォークは普段と違う緊張感やワクワク感を体験できるツアーとして全国的に開催されています。

紀伊半島一周ウォークで夜間も語り部をされている川口洋司さんの案内で、夜の熊野古道馬越峠を歩いて天狗倉山からの夜景を見に行きましょう。

【行程】
集合場所 ~(車移動)~ 馬越公園・・・ 桜地蔵・・・馬越峠(標高325m)・・・天狗倉山山頂(標高525m)・・・馬越峠・・・桜地蔵・・・馬越公園 ~(車移動)~ 集合場所に戻る

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28 紀伊半島みる観る探検隊「三木浦の歴史を訪ねる旅」

めでたい屋 鯛とびだし注意!三重県尾鷲市三木浦町は、戦国時代に4度も戦場になりました。

三木城を治めていた三鬼新八郎が新宮の堀内氏に2度攻められて滅ぼされ、さらに長島の加藤氏と奥村氏が攻めこみ三木城を入手し、怒った堀内氏が大軍を率いて三木城へ攻めのぼりました。4回も城の奪取が行われたことは、三木浦が軍事・海上交通・漁業において重要な港だったことを意味しています。
現在も三木浦は遠洋漁業や鯛の養殖、水産加工業などが盛んな港町です。

三木城跡や五輪塔などの戦国時代の史跡、海上安全を祈る三木神社、近年地元有志によって修復された浅間神社と波切不動など、三木浦の歴史に触れてみませんか。

フィールドワークのお好きな方に合った内容です。
元盛松の集落跡へ行かれた方には、元盛松と現在の盛松をつなぐものが見つかるかも?

【行程】
三木浦マリンパーク・・・西行歌碑・・・魚市場・・・魚魂塔・・・龍泉寺・・・五輪塔・・・三木城跡・・・稲荷神社・・・三木小学校・・・浅間神社・波切不動・・・猪垣・・・盛松・海蔵寺・・・三木神社・・・臨港道路・・・三木浦マリンパーク

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三木崎ヤブツバキ三重県尾鷲市の三木崎は、吉野熊野国立公園の特別地域に指定され、アカガシやスダジイなどの巨木が多く、豊かな自然林が残っている貴重な場所です。特に「三木崎園地」にはヤブツバキの群生地があり、植物観察を楽しみながら歩ける遊歩道になっています。

遊歩道の一部は「元盛松」の集落跡と、枝里だった「頼母(たのも)」を結ぶ生活道路でした。また、ゆかりの深い三木浦町ではヤブツバキの種をしぼった椿油での町おこしが行われています。

うっそうとした南国らしい照葉樹林、ヤブツバキ林のトンネル、戦跡が残る白亜の三木埼灯台、荒波が打ち寄せる切り立った柱状節理の海岸「海金剛」、木名峠狼煙場跡などを、自然観察をしながら巡りましょう!

【行程】
九鬼駅前 ~(各自で車移動)~ 木名峠停車場・・・木名峠狼煙場跡・・・土捨て場展望所・・・三木崎園地入口・・・ヤブツバキ群生地・・・三木埼灯台・・・元盛松からの古道・・・海金剛・・・来た道を戻る・・・木名峠停車場または九鬼駅前で解散

  • 2月26日 募集チラシ

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  • 3月4日 募集チラシ

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下河内の旧旅籠「旭日屋」紀北町紀伊長島区の下河内は、宮川方面からの古道「池坂越え」の要所で山と海の交流拠点でしたが、現在は過疎化が進み小さな集落になりました。下河内の自然と文化を守りたいと「下河内の里山を守る会」が発足し、空き家や遊休農地を活用して、ふるさとを体感する場所を提供する「きほく里山体験笑楽校」を立ち上げ、そば打ちなどの体験活動が行われています。

有久寺温泉は秘湯好きが集う山間の冷泉で、有久寺には花山法王、義経と弁慶、平家の落人、悲恋など数々のミステリアスな伝説と史跡が残っています。奥の院から大内山へ抜ける古代の道が、近年、地元有志により発掘・修復作業が行われました。奥の院に近い古道を修験者であるご住職の案内で探索し、古代ロマンに思いをはせてみませんか。

午前中は下河内、午後は有久寺と、紀北町の山里を訪ねましょう。
昼食・そば打ち体験付き!

【行程】
道の駅マンボウ ~(各自で車移動)~ 旧旅籠「旭屋」そば打ち体験・・・下河内観音堂など里山散策・・・昼食 ~(各自で車移動)~ 有久寺・源泉・平家落武者の無縁供養塔・・・波切不動・奥の院・・・弁慶の鉈掛け石・・・おなべづる・・・噺平・・・有久寺または道の駅マンボウで解散

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旧神川中学校の校舎と桜三重県熊野市の山間部に位置する神川町は、「神上石」とも呼ばれた「那智黒石」が採掘される唯一の場所です。那智黒石を那智の海岸まで運んでいた神上川が流れ、ノスタルジックな「旧神上中学校」には美しく桜が咲き誇り、山里の暮らしと昔話のような風景が今もここにあります。

思い出が詰まった校舎で、これからも人々に思い出を作ってもらいたい!という思いから、地域の人たちによる「神川みんなの"がっこう"ぷろじぇくと」が始まっています。

神川の生活文化に触れるウオークの後は、校舎で桜を見ながら那智黒石工房「仮谷梅菅堂」さんによる那智黒石のペーパーナイフ作り体験を♪ ゆったりと春うららかな一日を過ごしませんか。

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三重県尾鷲市に知る人ぞ知る貴重な産業遺産がある!!

産業遺産・旧坂下隧道明治33年に開通した旧坂下隧道は、奈良県上北山村で伐採された天然木を、尾鷲市又口を経て尾鷲港へ運搬するために、当時の林業家有志が中心になって造られた旧車道のトンネルです。
車道と言っても大八車や牛馬車の時代、トンネルは手掘り、道路維持のためにトンネル口で通行料金を取りました。坂下隧道は大変珍しい明治時代の有料トンネルです。

国道425号線沿いにある現在の坂下隧道も明治44年開通と古く、どちらのトンネルも文化財・産業遺産として大変貴重なものです。近年、地元有志により崩れていた旧坂下道路が整備されて歩行出来るようになりました。
尾鷲の産業発展を担った新旧の坂下隧道を、あなたの目で観て、歩いてみませんか。

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~にほんの里100選と三反帆川舟~

三重県南牟婁郡紀宝町の浅里地区が朝日新聞「にほんの里100選」に選ばれました。「山の斜面に約50戸の家々が石垣を築いて身を寄せ合う。かつては川舟が交通手段。川と石垣集落の間の水田も調和がとれている。」と評価されています。

世界遺産・熊野川沿いに点在する集落を川舟で往来し、生活道として使っていた山里・浅里郷には、独特の生活文化や歴史的エピソードが残り、浅里城址一帯の散策コースや熊野川沿いの熊野古道・川丈街道(川端街道)、美しい飛雪の滝などみどころが多く注目される地域です。

そして、三反帆の川舟を復活させた熊野川体感塾の体験ツアーが大人気! くまの体験企画では川丈街道ウォークと川舟乗船を組み合わせた1日ツアーを毎日催行しています。

今回は特別にモニターツアーを開催します。熊野古道語り部の谷口さん、熊野川体感塾塾長の谷上さん・船頭さんがご案内する、浅里郷周辺の魅力満載ツアーです。ぜひこの機会にご参加ください。

 

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吉野熊野国立公園の特別保護地区、魚付き保安林として守られてきた九木崎樹叢(原生林)は、海岸にまで亜熱帯性・温暖性の植物が生い茂り、照葉樹林の切れ間から美しい熊野灘が見渡せます。

全く人を寄せ付けないイメージの原生林ですが、古くから九鬼町との関わりが深く、九木崎には集落跡の古田、九鬼のブリ大敷網を見降ろす魚見小屋、炭焼窯跡などがあり、古くから自然と人間が共存してきた歴史が解る貴重な場所です。

そして、九木崎の突端近くには文化財指定の遠見番所跡、常灯場跡、狼煙場跡が・・・あれっ?狼煙場跡はどこに???

九鬼小学校で昭和31年~41年の間、教員をされていた野田敦美さんの案内で、ブリ漁や廻船で栄えた九鬼水軍発祥の地・九鬼町と九木崎の関わりを探ります。

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~生活を支え続けた魚見小屋~

※開催日注意! 雨天により延期になりました

古くから回船が入港し船宿もあった港町・紀北町海山区島勝浦には、かつて、海が見渡せる場所に「荒見」というイワシやボラなどの魚群を監視する場所が4か所ありました。

明治32年からはブリ大敷(定置網)が始まり、昭和27年に14万3千匹を記録し、熊野灘の3大ブリ魚場として栄えました。岬の先端には網を見張るための「大敷魚見小屋」が建てられ、魚見番がブリの群れの動きを見て、軍配のような「ホテ」をまわして知らせ、大漁の時は駆け足で浅間山まで来て浦人に知らせていました。

30年ほど前に無線機や電話が普及し、魚見小屋は役目を終えましたが、島勝浦の人々にとっては生活を支えてきた大切な場所です。現在も小屋に通じる道の保全が続けられ、美しい自然林と共に、志摩半島まで見渡せる雄大な景色が楽しめます。 
 元・島勝公民館主事で熊野古道語り部の川口洋司氏と共に、ブリ大敷ゆかりの場所を巡り、島勝の漁村風景を訪ねます。(※参考資料:海山町50周年の記録)

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