元盛松に着き、集落跡の中へ入ると半円型の広場があった。
ここは、当時の子供たちが遊んだ運動場の跡らしい。
周辺を探索してみると、この広場は棚田のように石垣を積んでその上に造られていた。それほどまでに平らな場所が無い土地なのか・・・

元盛松の跳び箱石

運動場跡の片隅に丸い大きな石があった。
当時の子供たちが跳び箱にして遊んだ特別な石だという。
熊野地方では丸石に霊力が宿っているとされ、ご神体になっている神社もある。子どもたちを見守り一緒に遊んだ石は、今もひっそりと元盛松を守っているようだった。

集落跡は要塞のようだ。

廃村の元盛松

元盛松の集落は、「奥地」と「下地」の2つの地区からなる。
戸数は27戸だったそうだが、思いのほか広い。
城壁のように高い石垣、メインストリートの歩きやすい石畳、石をくりぬいた水槽、石を組んで造った水路など、熊野地方は石の文化だと再確認するような景色だ。

ここで昭和の初めまで暮らしていた人々がいたのだ。
この道を海へ向かうお父さんが・・・水を汲むお母さんが・・・
畑を耕すおばあちゃんが・・・、無邪気に遊ぶ子どもたちが・・・
一人たたずみ想像していると、思わず身体が震え目頭が熱くなった。

廃村の元盛松 奥地地区

後になって、奥地氏から当時の子供たちのエピソードや、暮らしの様子など多く聞いた。くまの体験企画の元盛松ツアーでは、これらの詳しい話しを交えている。

くまの体験企画エコツアー
元盛松の集落跡を訪ねて