九鬼町の猪垣を見ながら行野道を歩く。周辺は植林で、大きな岩がゴロゴロしている。

尾鷲市九鬼町の行野道

周囲の岩(固い花崗岩)を割って造られたであろう石畳が続いている。熊野古道もそうだが、石畳が敷かれた古道は、土道に比べて強く、植物の繁茂を防ぎ、どこが道なのか一目でわかる。現代に例えると舗装道路と同じだ。
石を敷くのは大変な土木工事だが、一度造ってしまえば長持ちする丈夫な道なのだ。

行野道の道標

しばらく歩くと石の道標があった。古い書体で「右 やまみち 左 ゆくのみち」と掘られて、目立つよう朱色に塗られている。
尾鷲の郷土資料「ふるさとの石造物 編者:伊藤良」によると、この道は紀州藩や尾鷲組から出された各種の通達が、九木浦(現:九鬼町)から行野浦へ出された道でもあった。当然ながら、江戸時代は電話や無線があるわけではなく、人が隣町に伝えなければならない。この道を足腰の強い地元の若者が通達を持ち、夜中でも走って通ったのだ。初めての若者が道を間違えないように設置されたのがこの道標らしい。

確かにここは分かれ道で、新しい「右 頂山へ」の看板も設置されている。左の道は荒れ放題・・・。どうやら、頂山への登山者用に、ここまでの行野道は定期的な見回り整備がされているようだ。
我々は、左の行野道を行く!

行野道の石畳

倒木を片づけながら石畳を進む。沢沿いはガレキでどこが道なのかわかりにくいが、長年のカンで進む一行。

行野道を刈開き

藪も持参したカマやノコギリで刈り開きをしながら行野道を進む。
分かれ道から40分ほどで林道に出た。刈り開きが無ければ15分ほどで林道に出ると思われる。

九木崎の林道

ここから、どこが行野道なのかわからなくなった。林道に吸収されたのか・・・もちろん全部ではないだろうが、今回はここで行野道探索を終了し、九木崎原生林を縦断して帰ることにした。 ※注:簡単に縦断できません

つづく