Posted on 2010/02/04 :
Category: 3廃村・廃道
Posted by: ucchi

三重県尾鷲市に、文化財級の隧道がある。
明治33年開通、手掘りのレンガ造り、民間事業の有料トンネル(三重県どころか紀伊半島で初めての有料トンネル?
)、しかも崩壊することなく残っている。

坂下隧道

友人のオブローダー「やのこ小僧」の案内で旧・坂下隧道に行ってきた。
(やのこ小僧は当ブログの廃村・廃道カテに不定期出没)

この隧道は、尾鷲の奥山から天然木を切り出す輸送道路として、民間林業家有志によって計画された。
入口に茶屋があり、そこで通行料を徴収した。人の通行は無料だが車は有料。もちろん自動車などではない。牛車、馬車、大八車の時代である。

哀愁の坂下隧道

その後、新・坂下隧道が明治44年に開通。(新とはいえ明治!) 
現在、新・坂下隧道は車で通行できるが、旧・坂下隧道は至る旧道の崩壊がひどく車両の通行はできない。
崩れた旧道の中に、美しく残っている旧・坂下隧道。今のうちに産業遺産として、県指定の文化財にしてほしいものだ。




Posted on 2009/07/25 :
Category: 3廃村・廃道
Posted by: ucchi

紀北町の大白公園から三浦越えを2時間ほど歩き、八壺の滝を過ぎて、道標が見えてきました。世界遺産の熊野古道伊勢路・始神峠への分岐で、ここから始神峠へと抜けられるそう。
熊野古道伊勢路は旅人が歩いた一本道のイメージですが、こういう場所に来ると地元の人たちが使っていた生活道としての側面が、わかりやすく伝わってきます。
三浦越えは昭和初期まで、郵便配達員も通っていたそうです。江戸時代は飛脚が走っていたのかな?

三浦越えから熊野古道始神峠への分岐

自動車の走り抜ける音が次第に聞こえてきました。
熊野古道伊勢路の始神峠は国道42号線のすぐ近くですから、終点が近づいてきた様子。
シダの茂る細道を抜けて下ると、始神さくら広場(始神峠登り口)に着きました。
ここに 矢口越え登り口 という看板が立てられています。三浦(始神峠側)から歩くと、矢口へ向かう道「矢口越え」になるわけです。三浦越えと同じ道なので間違えないように!

矢口越えカンバン

年明け2010年1月に、紀伊半島みる観る探検隊復活!三浦越え ツアーを開催する予定です。こうご期待!




Posted on 2009/07/21 :
Category: 3廃村・廃道
Posted by: ucchi

矢口峠と展望台から、さらに三浦越えを進みます。
だんだんと道が狭くなり、気をつけながら歩いてゆくと 八壷の滝⇒ と書かれた、小さな看板が見えてきました。どこどこ?どこに滝?と見渡すと、分岐した道の先に、一すじの滝が見えました。

三浦越え 八壷の滝

足下が濡れていて滑りやすそうだったので、滝には下りずに写真を撮りました。わかるかな?
尾上氏のお話によると、滝が幾重にも段差になっており、滝壷が8つあるから八壺の滝なのだそう。

三浦越えに張られたロープ

更に道が狭くなり、断崖絶壁のような場所に道がついている (^^;)
歩きやすいようにロープを張ってありました。保全活動をされている方々、本当にありがとございます。
歩き始めて2時間近く経過。ゴールはまだか〜?




Posted on 2009/07/20 :
Category: 3廃村・廃道
Posted by: ucchi

大白公園をスタートに三浦越えを1時間ほど歩くと、矢口峠の道標が見えてきました。このあたりは広く平らな土地になっていて、茶屋があったような雰囲気です。

矢口峠

とはいえ、建物の礎石は見あたらないし、昭和初期には何もなかったらしい。もしかすると、江戸時代には出店のような茶屋があったかも?

・・・どうしても 峠=茶屋 のイメージが抜けないうっちー (^^;)

何か手掛かりはないか〜?と周囲を掘り返してみたいのをグッとこらえて(笑)
展望台に向かいます。

矢口峠近くの展望台

あいにくの天気で眺望はゼロでしたが、晴れた日には紀北町沿岸や熊野灘が見渡せます。
この展望台は元々あったものではなく、発掘整備した方々が、三浦越えを歩く人たちのために眺望を良くしてベンチも造ってくれたそうで、頭が下がります。
こちらはお茶やお弁当の場所にぴったり。峠に茶屋が無くてもOKです(笑)




Posted on 2009/07/15 :
Category: 3廃村・廃道
Posted by: ucchi

発掘整備されたばかりの三浦越えを歩く。
この日は小雨混じりの空模様でしたが・・・

霧の三浦越え
      霧の三浦越え・・・幻想的な雰囲気です。

このあたりの山林は同行していただいた尾上氏(70歳代)の持ち山で、昔の三浦越えエピソードをお聞きしながら歩きました。
昭和初期、三浦越え沿いには電柱が立っていたそうです。現在の様子からは、とても想像できないなぁ。道は人が行き来しなければ荒れ果て、埋もれてゆくと実感します。


三浦越えを歩く

太平洋戦争中は、戦地にゆく兵隊さんが紀勢線三野瀬駅へ向かう際、この三浦越えから送り出したそうです。
生活に密接したエピソードは、まだまだありそうですね。




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